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古市 (伊勢市) : ウィキペディア日本語版
古市 (伊勢市)[ふるいち]

古市(ふるいち)は、三重県伊勢市の地名。参宮街道の、外宮内宮の中間にある古市丘陵を意味する場合が多いが、古市町のみを意味する場合がある。
== 概要 ==

江戸時代以前は、丘陵にあるため水利が悪く民家もほとんどなく楠部郷に含まれていたが、伊勢参りの参拝客の増加とともに遊廓が増え歓楽街として発達し、宇治古市として楠部郷から分かれた。
江戸時代前期に茶立女・茶汲女と呼ばれる遊女をおいた茶屋が現れ、元禄(1688 - 1703年)頃には高級遊女も抱える大店もできはじめた〔伊勢古市備前屋踊りの図 三重県立博物館公式サイト〕。寛政6年(1794年)の大火で古市も被害を受けたものの、かえって妓楼の数は増え、最盛期の天明(1781 - 1789年)頃には妓楼70軒、遊女1000人、浄瑠璃小屋も数軒、というにぎやかさで、「伊勢参り 大神宮にもちょっと寄り」という川柳があるほどに活気に溢れていたという〔。十返舎一九の「東海道中膝栗毛」にも登場した。
江戸時代末には、北は倭町から南は中之町まで娼家や酒楼が並び〔『伊勢参宮二見鳥羽朝熊岳案内』 増永金生著 (鳳鳴社, 1919) 〕、江戸幕府非公認ながら、江戸の吉原、京都の島原と並んで三大遊廓、あるいはさらに大阪の新町、長崎の丸山をたして五大遊廓の一つに数えられた。代表的な妓楼としては、備前屋(牛車楼・桜花楼とも呼ばれた)、杉本屋(華表楼とも)、油屋(油屋騒動で有名〔大林寺公式サイト〕)、千束屋(一九の膝栗毛に登場〔)などがあった〔。
明治期に古市丘陵を迂回する道路が整備され衰退し、1872年(明治5年)では貸座敷33件、娼妓640人、昭和初期(1930年代)では22件、135人に減少した〔『遊郭をみる』 秋山耿史、林宏樹共著 筑摩書房 2010年〕。20世紀後半には麻吉が旅館として1軒残るのみとなった。麻吉は古市丘陵の斜面に位置し、階段状の木造6階建てである。明治期には、楼上からの眺望がよい料理屋兼旅館「聚遠楼」として知られていた〔『伊勢参宮按内記』 山崎永太郎編 (加藤書店, 1897〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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